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水戸地方裁判所 平成5年(行ウ)3号 判決

原告

鶴井義明

奥村馨

塚原信義

鶴井新五郎

眞原定男

右五名訴訟代理人弁護士

酒井亨

被告

八郷町収入役

仁平修介

鈴木竹義

右二名訴訟代理人弁護士

久保田謙治

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告八郷町収入役仁平修介において、八郷町が白田組土木株式会社に対して平成三年度農業集落排水事業東成井地区管路工事第三工区の請負工事に関して支払った請負代金のうち、金五一四万八〇〇〇円につき、返還請求をしないことが違法であることを確認する。

2  被告鈴木竹義は、八郷町に対し、金五一四万八〇〇〇円及びこれに対する平成五年三月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

4  仮執行宣言(2につき)

二  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

主文同旨

(本案の答弁)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは八郷町の住民である。

2  八郷町は、平成三年九月三〇日、白田組土木株式会社(以下「白田組」という。)との間で、発注者を八郷町、受注者を白田組とする平成三年度農業集落排水事業東成井地区管路工事第三工区の請負工事契約(以下「本件請負工事」という。)を代金二〇三九万四〇〇〇円で締結した。右農業集落排水事業は、農業集落のし尿、生活雑排水等の汚水を処理する施設を整備するもので、本件請負工事は、管路部分を掘削し、管敷設を行い、三、四〇メートル間隔でマンホールを設置し、埋め戻す工事である。本件請負工事においては、管路掘削に当たり、①木矢板建込工法又はこれと同等以上の工法、②軽量鋼矢板建込工法又はこれと同等以上の工法による土留工事を行い、道路基盤の損壊の防止及び作業の安全を確保しなければならない旨の約定がなされた。したがって、請負代金には、木矢板を使用した土留工事代金が積算されていた。

3  白田組は、前期農業集落排水事業のうち、マンホールNo.39からNo.50までの工事を請け負ったが、木矢板を実際に使用したのは、No.47からNo.48までの間約五〇メートルだけであり、その他の部分は約六メートルの間だけ木矢板を使用し、その余の部分は木矢板を使用せず、手抜き工事を行った。また、マンホール部分はほとんど木矢板を使用しなかった。

木矢板の設計予算は、深さ1.8メートルから2.1メートルの場合は、長さ一メートルについて一万五八四〇円である。本件請負工事においては、全長四二五メートルのうち三二五メートルの部分は木矢板を使用しなかったので、白田組は、手抜き工事を行うことにより少なくとも五一四万八〇〇〇円を不当に利得した。

4  被告八郷町収入役仁平修介(以下「被告仁平」という。)は、地方自治法(以下「法」という。)一七〇条により、支出負担行為に関して確認を行う義務を有し、また、財産を管理すべき義務を有するものであるから、白田組において請負代金を不当に利得したことが判明した場合には、直ちに白田組に対して不当利得返還請求又は不法行為に基づく損害賠償請求をなすべきであるのにこれを怠っている。

被告鈴木竹義(以下「被告鈴木」という。)は、八郷町の土地改良課長で本件請負工事を直接監督すべき立場にあったものであるが、白田組の手抜き工事を知りながら、又は善良な管理者としての注意義務を怠らなければ当然手抜き工事を発見できたにもかかわらず、右注意義務を怠り、手抜き工事を看過して検査完了証明を出し、収入役をして公金を不正に支出せしめ、八郷町に五一四万八〇〇〇円の損害を与えた。被告鈴木の行為は公金支出の前提となるものであるから、被告鈴木は、八郷町に生じた右損害を賠償すべき義務がある。

5  原告らが、右事由に基づき、平成四年一二月一一日、八郷町監査委員に対し、被告らに関する措置請求書を提出したところ、八郷町監査委員は、同五年二月一日、原告らに対し、措置請求には当たらない旨の監査結果を通知し、右通知は、同月三日到達した。

6  よって、原告らは、被告仁平に対し、法二四二条の二第一項第三号に基づき、前記4の怠る事実が違法であることの確認、被告鈴木に対し、同項第四号に基づき、八郷町に代位して前記4の損害五一四万八〇〇〇円の賠償及びこれに対する訴状送達の翌日である平成五年三月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。

二  被告らの本案前の主張

1  被告仁平に対する訴えについて

収入役は、法二四二条一項に定める財産の管理を行うべき権限を有していない。原告らの主張を前提とすると、収入役は、本件請負工事の検査責任まで負うことになるが、そのような責任は法一七〇条のいずれにも該当しないことは明白である。したがって、被告仁平に対する本件訴えは、被告適格を欠き、不適法である。

2  被告鈴木に対する訴えについて

法に規定する住民監査請求は、地方自治体の財務会計上の行為について認められるべきものであるところ、被告鈴木は土地改良課長であって、財務会計行為に関する権限は何ら有していなかったのであるから、同人の行為は監査請求の対象とはならず、同人に対する本件訴えは不適法である。

三  被告らの本案前の主張に対する原告らの反論

1  被告仁平に対する訴えについて

収入役は、現金及び財産の記録管理を行う(法一七〇条二項五号)と共に、支出負担行為に関する確認を行う権限を有している(同項六号)。これは、地方公共団体の長から支出の命令を受けた場合に、当該支出に係る支出負担行為が法令又は予算に違反していないこと及び当該支出負担行為に係る債務が確定していることを審査確認するものであり、事後審査を意味するものである。本件においては、本件工事代金を長の命令により支出した後であっても、手抜き工事により白田組が工事代金を不当に利得したことが判明した場合には、収入役は、白田組に対する不当利得返還請求を自らの判断と責任において誠実に管理し、執行すべきであるのに(法一三八条の二)、そのような措置を採らないことは財産の管理を怠っているものというべきである。

2  被告鈴木に対する訴えについて

被告鈴木は、本件請負工事を執行する立場にあったものであり、契約の適正な履行を確保するため又はその受けた給付の完了の確認をするため、必要な監督又は検査をしなければならない義務を負っている(法二三四条の二)。ところが、被告鈴木は、白田組の手抜き工事を知りながら、又は善良な管理者としての注意義務を怠らなければ手抜き工事を発見できたにもかかわらず、これを怠り、検査完了の証明書を発行し、収入役をして公金を支出せしめた。被告鈴木のこのような行為は、故意又は重大な過失により法令上の義務に違反し、八郷町に損害を与えたものであるから、法二四三条の二により、被告鈴木は八郷町に対して損害賠償義務を負うものである。しかし、八郷町町長は、被告鈴木に対し、賠償を命じない。このような場合、住民は、二四二条の二第一項四号の代位による損害賠償請求ができると解すべきである。もっとも、被告鈴木は、財務会計上の権限を有してはいないが、被告鈴木の行為は公金支出の原因となるべきものであり、原因行為が違法である場合には財務会計上の行為も違法となるのであって、このような場合には、被告鈴木も代位請求の被告としての適格を有するものである。

四  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実のうち、八郷町と白田組との間に本件請負工事が締結されたこと、本件請負工事が原告ら主張の農業集落排水事業のために行われたことは認めるが、本件請負工事で定められた工法は知らない。

3  同3の事実のうち、白田組が、前記農業集落排水事業のうち、マンホールNo.39からNo.50までの工事を請け負ったことは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

4  同4は争う。

5  同5の事実は知らない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被告仁平に対する訴えについて

法二四二条の二第一項三号の規定に基づく住民訴訟は、財務会計上の違法な行為又は怠る事実につき、住民にその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的とするものであるから、右規定に掲げられた「当該職員」とは、財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びその者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者でなければならないと解するのが相当である。

原告らは、白田組が、八郷町から請け負った本件請負工事につき手抜き工事をして右手抜き工事相当分の代金を不当に利得したとして、同町収入役である被告仁平において、その金員の返還を請求しないことが「怠る事実」に該当すると主張しているのであるから、当該不当利得返還請求を行うことが、右のような意味での財務会計上の権限として収入役である被告仁平に存するかどうかが問題となる。

原告らは、収入役である被告仁平には右権限があると主張し、その根拠として法一七〇条二項五号、六号を上げる。

しかしながら、法一七〇条二項五号にいう「現金及び財産の記録管理を行うこと。」とは、現金の収支及び財産の変動を会計帳簿、伝票等に記載して収支変動の状況を総合的に明らかにする事務を指すものと解され、公金の支出後に、その支出金が不当利得に当たるとして、返還請求を行うことを自ら決定する権限が、同号に含まれているとはいえない。

また、「支出負担行為に関する確認を行うこと。」を掲げる同項六号の規定は、法二三二条の四第二項の規定を受けたものであり、収入役が普通地方公共団体の支出の原因となるべき契約その他の支出負担行為について長から支出命令を受けた場合に、当該支出負担行為が法令又は予算に違反していないこと及び当該支出負担行為に係る債務が確定していることを審査、確認する権限を定めているにすぎないものと解されるから、前記法条と同様、収入役において、不当利得返還請求を行使する根拠にはなりえない。

なお、原告らは、同項六号の規定は、右審査、確認を経た後に長から受けた支出命令を執行後、さらに、当該支出負担行為に係る債務について契約の相手方が不当に利得していないかどうかを審査する権限についても収入役に与えた趣旨であると主張するが、前記理由から、右のように解することはできないことは明らかである。

そうすると、原告ら主張の各法条は、収入役である被告仁平に、自らの財務会計上の権限として、不当利得返還請求を行うことが法令上認められていることの根拠にはならず、他にも、原告ら主張の権限が法令上本来的に同被告にあると解すべき根拠は見当たらず、また、同被告が権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至ったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、同被告が原告ら主張の不当利得返還請求を行うべき権限を有しているとはいえないから、その権限行使の懈怠を理由とする同被告に対する違法確認請求は住民訴訟の類型に該当しないというほかはない。

二被告鈴木に対する訴えについて

土地改良課長が財務会計上の権限を有していないことは、原告らも認めるところであるが、原告らは、本件請負工事を直接監督すべき立場にあった土地改良課長である被告鈴木において、法二三四条の二の規定に違反して故意又は重大な過失により白田組の手抜き工事を見逃して検査完了証明を出し、手抜き工事相当額の代金について公金を違法に支出させたものであり、この場合には二四三条の二の規定により、被告鈴木は八郷町に対して損害賠償責任を負うところ、八郷町町長が右損害賠償責任を追及しないため、二四二条の二第一項四号の規定により、八郷町に代位して被告鈴木に対して損害賠償請求を行う旨主張するのであるから、原告らの訴えは同号規定の「当該職員」に対する代位請求であると解される。

ところで、前述のとおり、二四二条の二第一項四号の「当該職員」とは、問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有する者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者であると解されることは前述のとおりである。

しかし、土地改良課長である被告鈴木に財務会計上の行為を行う権限がないことは原告らの自認するところであり、右権限が同被告にあることを認めることのできる何らの根拠も認められない。

よって、同人に対する訴えも、住民訴訟の類型に該当しないものといわざるを得ない。

三結論

以上の次第で、本件訴えは、いずれも不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官来本笑子 裁判官松本光一郎 裁判官坪井昌造)

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